SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
  • 中国の子の撫養に関する判決を日本の審判で代行
    DaisukeY (05/13)
  • 離婚相談お客様の声:偽DV・面接拒否・高額な慰藉料請求(神奈川県・33歳・男性)
    のぶ (09/09)
  • 離婚相談お客様の声(モラルハラスメント・別居後の内縁家庭に子が誕生)
    小春 (07/19)
  • 離婚相談お客様の声:偽DV・面接拒否・高額な慰藉料請求(神奈川県・33歳・男性)
    hori (06/16)
  • 未成年者略取被告事件(最高(二小)H17.12.6)
    中村美智子 (04/26)
  • いつまで我慢?
    別居中 (03/31)
  • 養育費の減額と親の義務
    アベマリ (11/15)
  • 養育費の減額と親の義務
    ヒロ (11/14)
  • びじっとの活動がNHKで放送されます!
    博多のいしばし (11/01)
  • 妻からの身体的DVから脱出し,3人の子どもの親権者として調停離婚を成立させた事例
    永吉 (10/21)
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
ブログパーツ
ツイッター
あわせて読みたい
レコメンデーションエンジン
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

09
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--

行政書士阿部マリのブログまとめ 

行政書士阿部オフィスの代表阿部マリは、家族マネジメントの支援として、遺言書、相続手続き、離婚、結婚相談所、再婚支援、面会交流、家族カウンセリングの業務をしております。

遺言相談 http://webjim7.com/
男の離婚相談 http://abe-jim.com/
結婚相談所ステップ http://mgsmgs.com/
一般社団法人びじっと http://www.npo-visit.net/
実家依存・自己愛の強い妻との離婚(35歳・男性)
1.お客様の声

■婚姻破綻の経緯

妻が理想とする夫とは、常に自分の役に立ってくれ、常に自分のストレスのはけ口になって甘えさせてくれる人、である。

そして私は、妻に対して自分を犠牲にしながら婚姻生活を送っていたらしい。
思い返せば、たまには夫を労わってくれたりあるいは気遣ってくれたり、ということが全くなかった。

妻は口では、「自分は我慢したくないから、あなたにも我慢してほしくない」と言ってくれた。しかし実際に行動してみると激しく批判され、悪いのは私だと言われた。

妻の本質は、言動と行動が伴わない、自己中心的で他人の犠牲なしでは生きられない人間だった。

特に、長男の誕生後はこれが顕著に見られるようになった。
子育てのストレスで不安定な妻は、気に入らないことは全て私に責任をなすりつけるようになった。
その一方で、妻は義母の意向には決して逆らわず、むしろ実家との絆を重視していった。

ささいな口論をきっかけに別居となったが、別居直後は妻の本質には気づかず、むしろ自分が悪い、貢献が足りないと思っていた。

しかし別居1ヶ月後、義母が前面に出てきて話し合いができない状況となり、夫婦で話し合うために円満調停を申立てた。この頃、妻の本質に気づいたが、時すでに遅かった。

別居後は長男との面会拒否が続き、とても苦しい状況が4ヶ月続いた。
そのとき阿部さんと出会い、婚姻から別居の経緯を説明するうちに頭の整理がどんどん進んだ。

私が離婚を決意できたのは、妻の自己愛が私のみならず、長男までをも犠牲にするほど強いものであると知ったことだった。
調停期間中の妻の言動と行動のひとつひとつが、私に離婚を決意させるには十分だった。

そして調停でも自己中心的であってくれたおかげで、かえって決着がつけやすかった。

妻は物事が自分の思い通りにいかないと、我慢がならない人間であるのを何度も目の当たりにした。私の妻への発言は、「夫から批判されました」という主旨にすりかえられ、言いがかりに利用された。
私の提案に対しては嫌がらせを返し、その一方で責任逃れの発言を繰り返した。

その結果、妻の資料を元に話し合いが進むことはなく、私が作成した資料を元に調停が進み、最終的に調書も作成された。

そんな離婚でも、別居から8ヶ月間が必要だった。

妻は裁判所の調停を前にしても、強烈な自己愛が隠せない人間だった。
なぜ、他人を支配したいのか、なぜ、攻撃して従わせないと気がすまないのか、妻を理解したくて本を読んだ。
そして、2冊の本が教えてくれた。

「精神的支配による虐待こそ、毒親になる資質である(1)。」

妻は、わがままが許されないで育った。
義母の意向に従うことで、物を与えられて育った。
そのことを妻は、「私はいい子に育った。義母には逆らったことがない。」と解釈していた。
親の洗脳に気付かないまま成長できたのは、ある意味では幸せだと思う。

一方で義母自身も、わがままが許されないで育った。
義母は、「退役軍人の父親に好きなことをさせてもらえずに育った。
大学にも行かせてもらえなかった。」と言っていた。
私は単に、義母は自身の生い立ちについて、コンプレックスを持っている程度に思っていたが、とんでもなかった。

親による子の支配は、ある意味虐待である。
「虐待を受けた人間にしか、虐待はできない」とは、発達心理学では有名な話のようだ。

妻はいまでも、義母に対してわがままがいえないし逆らえない。

夫にも他人にも、自分の想いを素直に伝えることができない。
人付き合いにおいて、外面のよさと内面の自己中心さのギャップがとても大きく、思えば変な光景が多々あった。

しかもそれは、一番近い他人である夫にしか見せることがなかった。
私はそれに耐えることはできても、改善することはできなかった。

妻は自分の思い通りにいかないものは、壊す。つまり、離婚となる。

「自己愛の強い人間は、相手が自分の思うように動いてくれなくなったら、最終的には攻撃的になって破壊しようとする(2)。」

わずか1歳の長男がいるというのに、自分の思い通りにならないのなら壊してしまえとなる心理は、私には一生理解できない。

人は物ではなく、心がある。

そのことを妻も義母も教わらずに育ったのだと理解した。もう治すこともできないだろうし、治したいとも思っていまい。

参考図書
(1) ダン・ニューハース著「不幸にする親」
(2) 片山珠美著「他人を傷つけずにはいられない人」

■離婚が成立した心境

離婚までの色々な出会いや経験を通じて、家族の本質が見えた。
他人を見る目を学んだ。
それは、その人の言動と行動とを観察することだと知った。

妻と義母の連携プレイによる6年間の支配から抜け出した心境は、とても晴れ晴れとしている。
妻との婚姻生活で、楽しかったことは良く覚えている。
でも、苦しかったことはあまり思い出せない。
離婚した今もそう思える私は、幸せな結婚生活が送れたのだと思う。

ただひとつ心残りなのは、何も悪いことをしていないのに子供と引き離されることを自分で決断するに至ったこと。
長男と毎日一緒にいられないことだ。

これからは養育費と面会交流だけが、長男とのつながりである。長男の成長に貢献できる機会は少ないけれど、父親としての責任は果たす。

最後に、「人生で本当に大切なことは何か?」と自問したとき、それは自分が幸せかどうか、ということだと気づいた。今後は自分の幸せを求めて生きたいと思う。

■調停で印象に残ったこと

・    調停は通常1ヶ月に1度のペースのはずが、なぜか半月に1度のペースであったこと。

・    婚姻費用でも財産分与でも、妻の用意する資料はほとんど説明されなかったこと。逆に私が用意した財産目録や不動産の査定価格、妻との合意事項の経過など、どんどん提出して欲しいといわれたこと。

・    調停室での妻の言動が真実なのかどうか、待合室で調停委員に確認を受けたこと。刑事ドラマの取調べシーンみたいで笑えた。

・    調停委員から、調停外でもきちんと二人で話し合いなさいといわれたこと。話し合えないから調停なのに、どうゆうこと?と思った。

・    長男との面会を半年近く拒否した妻が、調停委員から面会を諭されるとあっさり同意したこと。

・    調停委員が長男の成長・福祉に関して、妻を何度も何度も諭してくださったこと。

・    財産分与では調停室に妻と二人きりにされ、通帳コピーを見ながら金額の確認をしあったこと。その財産分与の確認で揉めていたら、調停委員が参入し、大岡裁きで分与額が決まった。その後、電卓片手に4人でカタカタやりながら分与額の確認をした。

・    財産分与に納得がいかず言いたい放題の妻に対し、調停委員が二人がかりで「もうやめなさい」と諭してくださったこと。

・    長男の親権のこと、戸籍のこと、再婚後の養育費のこと、再婚後の面会のことなど、事細かに妻に説明してくれたこと。

・    裁判所の閉庁時間ぎりぎりまで、話し合いが長引いたことが2度もあったこと(午後1時15分から17時すぎまで)。

・    調停合意の日、17時まで押してしまい、裁判官が帰らないよう引き止めるため、調停委員が内線で「いま(合意事項が)そろいますので!」と交渉する姿は笑えた。

・    調書作成後、家庭裁判所の裏門を閉める作業を手伝い、裁判書記官・調停委員と一緒に妻を見送った。

・    調停委員と駅まで一緒に歩きながら、「最近、貯蓄財産を妻に持っていかれる男性が増えているのだ。」とつぶやかれたこと。(だったら財産分与でもっと味方してくれたら良かったのに!と思ったが、私にも省みる部分があるのだと諭してくれたと思うことにした。)

・    調停委員の任期や定年前のお仕事など、駅までの短時間で色々と語ってくれたこと。

以上、裁判所で調停なんて、最初は肩肘張って緊張しました。しかし最終的には、調停を通じてたくさんの経験ができ、たくさんの出会いがあり、前向きな人生を歩むきっかけになる離婚でした。

2.阿部コメント
子どもの出産後、義母(妻母)の介入が頻繁となり、また妻も義母の意見を最優先させるようになったことから、日常の決定事項が義母の意向に左右されることとなり、夫婦の協力関係は無くなっていきました。
そうなると、妻と義母の密着は次第に強くなり、妻は子を連れて実家に戻り離婚と言いだします。

近年増加傾向にある、親離れ子離れのできない母子密着・実家依存の離婚パターンです。
子どもの誕生を機に母子密着・実家依存が発動します。

夫の意識は、子どもが誕生し、親子3人で家族の形を作っていこうというものであったため、なぜ妻が家族よりも義母を優先させて離婚と言いだしたのか理解に苦しみ、また、わずか1歳の子どもとも引き離され、この現実を受け入れるのに時間を要しました。しかも、自宅まで購入しているのに、です。

夫は何度も妻に離婚理由を教えて欲しいと懇願しましたが、妻は冷たい態度で話題をそらすばかり。
そして夫は円満調停を、妻は離婚調停を申し立てました。

別居から8か月、調停6回目での離婚成立でしたが、結局妻は離婚理由を言うことはありませんでした。
離婚理由などなかったのかもしれません。

特徴的なのは、調停員は再三にわたり夫婦で直接話し合うように進言し、最終的には同席調停となり、しかも、同席調停では、調停員が席を外し、夫婦二人だけで話し合う時間が設けられたことです。

このような経緯からも、本件は、義母が、娘と孫欲しさに、ひとつの家庭を壊したとも思える事案でした。
| お客様の声 | 15:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
境界性人格障害の妻との閉ざされた世界(37歳・男性)
1.お客様の声

「仕事辞めて!じゃないと、私死ぬから」

脅しとも取れる元妻のセリフ。このセリフで私は仕方なく仕事を辞めることになりました。

在職中も、「体調悪いから、今すぐ帰ってきて」のメール。「すぐには無理」と返信すると、元妻は激怒。
帰宅するなり、説教が続きました。

仕事を辞めた後も。「体調悪いから起きて」と夜中に起こされ、家事はすべて私一人が行い、他人ともめ事があると、すべて責任をなすりつけられました。

経済的に苦しい状況が続いても、元妻は「お金は親からもらえばいい」と信じて疑わず、その交渉も私自身がおこない、毎回心苦しい気持ちでした。

元妻に強く言われて、私自身も心療内科に通いました。
「うつ状態」と診断されましたが、元妻は「そんな事言う医者がおかしい」と反論。

それでも、元妻の病状を何とかしようと、訪問看護を頼むもトラブルを起こし、やむなく中止。保健所に相談しても思うような成果が得られず、医療保護入院をさせてもうまくいきませんでした。

同居中、離婚の話が出ても、元妻は離婚を拒否。
実家に戻る事も入院する事も拒否し続けました。


途方にくれていたところ、こちらのホームページを見つけました。

「これだ!!」真っ暗闇の中で一筋の光が見えたような気がしました。

精神的に限界を感じたある日、私は勇気を出して、無料相談の申し込みをしました。

先生はしっかりと私の話を聞いてくださり、的確なアドバイスや解決策を何度もいただきました。

そして、私は別居を決行し、調停に踏み切りました。

調停というと、なんだか難しく、堅苦しいイメージをお持ちの方もいらっしゃると思います。
私自身もそうでした。

しかし実際は、男女各1名の調停委員に、こちらの話を聞いていただき、意思を伝える場所であって、初回は多少緊張はしましたが、終始和やかな雰囲気でした。

私の場合、運よく、相談開始からわずか3ヶ月で離婚が成立しました。

おかげ様で、再び希望する仕事にも就く事ができ、今は開放感でいっぱいです。

私が精神疾患について無知だった点は否めません。今回の件は人生経験のひとつとしてとても良い勉強になりました。

私と同じように、または私以上に苦しんでいる方も多くいらっしゃると思います。まずは、「相談する勇気」を持つ事からはじめてはいかがでしょうか。

2.阿部コメント
境界性人格障害の妻と夫の婚姻関係は、病人と介護者の関係でした。

交際後まもなく妻が夫の自宅に移り住む形で同棲を開始し、ほどなくして、夫は、妻から、「今すぐ仕事を辞めないと死ぬ。命と仕事のどっちが大切なのか。」と脅され、やむなく仕事を辞め、社会から隔絶された状態での生活となり入籍。

その後の婚姻生活では、妻がパニックを起こすため、外出もままならず、夫は妻の介護のためだけに人生を費やすこととなります。

境界性人格障害の妻を持つ夫ならば理解できると思いますが、日常生活において平和な状態は続かず、夫は妻の対応に苦慮し、何度も行政や病院に助けを求めましたが、妻が対人トラブルを起こすため、結局どこの支援も受けられず、夫は孤立無援状態となり、介護に捧げる人生に限界を感じて離婚を決意しました。

離婚を決意し、別居を開始してから3か月弱での離婚成立です。

とても早い離婚成立と感じるかもしれませんが、このようなケースは割とあるものです。

別居後、妻は即座に弁護士に依頼して離婚拒否の構えでしたが、精神疾患の方特有の「待てない」状態となり、夫の反応が無いことにいら立ちを覚えたようで、妻の気持ちは早期の離婚成立へと変化したのでした。
| お客様の声 | 12:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
モラハラ離婚(42歳・男性)
男の離婚相談より

1.お客様の声
たとえ自分に非が無い場合でも、結婚生活が破城すると社会的地位を脅かされたり、多額の慰謝料を取られるのではなど考え、できる限りその場を切り抜けようと思う人ほど、悩んでいるのではと考えます。自分もその1人でした。

人生を一緒に過ごすとして、どこまで自分を妥協して相手と生きていけるのかを考えたとき、その限度を超えたことが、相談をしたきっかけです。

結果的には自らが調停という決断をすることで、周りからは自分自身を応援する方々も多数あらわれて、それまでの不安に苛まれていた自分からは想像できないほど前向きな環境になりました。

相談から3年以上経ち、ようやく調停を経て離婚を成立しましたが、感情が特にあるわけでもなく、前妻の哀れな対応を目の当たりにしてきたことによる、自分自身の今までの費やした時間とお金にただただ空虚な感覚が広がったのが事実です。

ただし、すべてをリセットし、自分らしく人生を歩き出すためには無駄な時間とお金ではなかったと感じます。

2.阿部コメント
結婚して間もなく夫婦関係のいざこざが頻繁に起こるようになり、関係改善を模索しながら長女を授かったものの、関係改善には至らず、夫は離婚を決意して別居、ほどなくして離婚調停を申し立て、1年半調停を行い、8回目の調停で離婚が成立したものです。

阿部オフィスに夫が相談にいらしたのは、長女を妊娠する前です。
妻とのコミニュケーションが成り立たず、夫婦関係が悪化していることを悩んで相談にいらしたものです。

妻は、仕事はできるが、夫婦間においては、ささいなことで激高することが多く、夫はどのような対応や返事をすれば妻を怒らせずにいられるかということに神経を使い消耗していました。

ことあるごとに妻は離婚を口に出すが、夫はできる限り離婚を回避して関係修復をしたいとお考えで、そのためのご相談でした。

それから、2年半もの時間をかけて夫は関係改善の努力を重ねましたが、精神的に辛くなり平成24年11月頃離婚を決意されたのです。

ところが、夫が離婚に応じると妻に伝えた途端に、妻は離婚拒否に転じ、そこから1年半をかけて調停員の力を借りて説得を重ね、互いに折り合いのつく形で離婚が成立しました。

最近では、このような相談は増加しており、「何をしても、どのような選択や判断をしても怒られる。」「意見を聞かれて答えると、その意見は無視される。」「妻はいつも離婚を口にする。」という状況が続き、夫は関係改善の努力をするも、それは叶わず、苦渋の思いで離婚を決意し、妻に離婚に応じると伝えた途端に、妻は離婚拒否に転じます。

これらは、夫をコントロールするためのコミニュケーション方法として、モラルハラスメントの本などに詳しく説明されています。
これらが続くと無力感が生じて自ら判断しなくなります。

モラハラ離婚の当事者に共通している特徴は、「無力感と忍耐強さ」です。
優しく論理的な人が多く、問題解決のために時間をかけることを厭いません。
それは、このような夫婦関係を経験した中で培われたものなのか、元からの性格なのかわかりません。
しかし、無力感は心の余裕へと変化していき、その独特の雰囲気は確かに人間的な魅力となっているのです。

| お客様の声 | 12:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
夫の不倫を乗り越えて離婚を決意した女性(32才・女性)
男の離婚相談より

1.お客様の声
私この前もお話しましたが、すごく1000%恐怖に包まれていたんです。

愛して信じて守ってきた形を全て失う決断が全然できなかったんです。
そんな勇気もなかったし、そんな覚悟もなかったんです。

初めての結婚・出産・子育て・家庭を壊すべきではない、自分の理想とする家庭を築く努力を放棄してはいけないという、先入観というか『〜してはいけない』『〜であるべきだ』という概念とすごく葛藤していたんです。

子どもにとっての父親は、この地球上で夫という人間だけなのだという強い想いもあったし、私が愛して信じて尊敬していた夫は過去のことで、今は全く違うのだという現状を受け入れるまで時間が必要だったんです。

だから、そういう意味で調停が1ヶ月ごとで時間がかかること、不成立になり再度調停を行なっていること、本当に助かりました。

私、去年の今頃は『死神』だったんです(笑)
でも調停を経て一年たって、やっと『スタミナ40%ぐらい』まで戻れたんです。

夫という人間に対しても、この前お話したような心境に(まだ不完全ですが)少しずつなれているんです。

だから、これからも気を張ったり、無理に頑張ったりせず、時間とともに『スタミナ200%』だった元の私に戻れば良いんだ。と思いました。
時間って本当にすごい物なのですね。

2.阿部コメント
結婚して2年で子どもが誕生し、出産直後から慣れない育児によるストレスで気持ちの余裕がなくなり、夫婦間の口論が増えていった。

一方、子どもの将来の教育方針や夢を語り合い、休日には家族三人で散歩したり、レジャー施設や旅行に行くなど、仲良く過ごす日常もあった。

ところが、子どもが1歳になったころから、夫は不倫をするようになり、次第に家に帰らなくなってしまった。

相談者は、夫に不倫を解消してほしいと切実に訴え、それでも不倫が続いていることに思い悩み、日常生活に支障をきたすほど辛くなり病院へ行ったところ、うつ病と診断された。

夫は、はじめは浮気ぐらいで大騒ぎするなと言っていたが、そのうち、離婚をして子どもと一緒に自宅を出ていくよう迫るようになり、夫は離婚調停を申し立てた。

夫が申し立てた調停は、結果として成立まで10ヶ月かかりました。
長い時間がかかりましたが、相談者には、これだけの時間が必要だったのです。

わずか1歳の子どもがいて、うつ病で仕事もできず、戻れる実家もなく、このような四面楚歌の状態から、少しずつ現実を受け入れ、今できることを全て実行して、生きていくために再生していく様は、女性の強さを改めて認識させられるものでした。

後半は、相談者と私の二人で、喪に服する作業(夫のワルクチや夫の良かったトコロや、夫婦で楽しかった出来事や過去の夫に謝罪したいことなど)を繰り返し繰り返しお喋りして、そうすると、最後には夫に対する恨みもなく、元気に頑張って生きていってほしいというまでになりました。

これからも、きっと前を向いて、今できることは手を抜かず全力で実行して、自分の人生を自分で作り上げていくものと思います。

私は、そんな彼女をいつまでも応援しています。

---------------------------------------
面談相談は初回60分無料キャンペーン実施中。
---------------------------------------
行政書士阿部オフィスでは、解決のための選択肢とそれらにかかるコストなどの情報提供、公正証書や内容証明の作成と相談、アドバイス・コーチング・離婚相談・コンサルティング、情報や資料の収集、手続きの代行、他士業との連携等、 最適な方法をコーディネートします。

多様な案件に関わってきた経験から、個別具体的な解決方法を提供しており、弁護士等、他の専門家とも連携しております。

後悔しないために、解決のための選択肢及びそれらのメリットデメリットや想定される展開とリスク等の類似ケースを知っておくことは重要です。

面談相談では、これまで気づかなかったご自身の離婚の問題点を明らかにして、計画→準備→実行のプランを考えます。
---------------------------------------
ご相談予約は、お電話045-263-6562又は相談予約フォームからどうぞ。
---------------------------------------

| お客様の声 | 16:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
別居22年の形骸化した夫婦の離婚・18年間の子どもとの引き離し(63歳男性)
男の離婚相談より

1.お客様の声(内縁女性からみた本件離婚)

私は、「家族」とはいえない、戸籍上だけの「家族」をみてきました。

20年以上、直接の会話がない。同居どころか、電話をすることもない。

コミュニケーションというのは、余った年賀状に書かれた「保険証を送ってほしい」等の最低限の連絡か、ノートの切れ端に書きなぐった送金額の増額を要求する手紙だけでした。

何年も別居しているにも関わらす、自分の夫については何も関心がないというに本当に驚かされました。

父親は18年も子供達に会えませんでしたが、父方の祖父母も同様でした。

毎月、かなりの金額のお小遣いを20年以上送金し続けましたが、入学・卒業等の子供達の人生のお祝いに立ち会うことは一度もありませんでした。
祖父母として、どれだけ寂しかったことかと、心が痛みました。

子供達を「人質」にとられた形でしたが、阿部先生との出会いによって、人生のやり直しに踏み出すことができました。

同じ思いをされている方がたくさんいらっしゃるのではないかと思います。

「自分さえ我慢すればいい」「どんな状況であったも両親揃っていたほうがいい」というのは、いい選択肢ではないというのが、正直な感想です。

また、相手方のマインドコントロールで、異常な状況に気づいていないこともあるかと思います。

私達も、阿部先生に、送金額が多すぎること等、いろいろと教えていただくことができました。

また、相手方からの婚費調停についても、今までの半額で決着することができました。
これも阿部先生のアドバイスによるものです。

相手方から、私に対して、損害賠償請求をしてきましたが、それについても、弁護士の先生をご紹介いただき、裁判では、私からの支払義務はないという結果を得ることができました。

裁判は、相手方から私に対する損害賠償、こちら側からは、離婚を求める裁判の2つになりました。

これについても、弁護士の先生方によって、同時に審議すべきこととして、1つの裁判案件にまとめていただくことにより、私達の状況を裁判所によく理解していただくことができました。

紛争は2年にわたりました。

裁判については、弁護士の先生のお世話になりましたが、なによりも阿部先生に助けていただきました。

文書に関しても正確な指摘や、的確なデータの提供、それに加えて、いつもかわらず暖かく励ましていただきました。阿部先生との出会いがなければ、今はどんな状況になっていたか想像できません。

2.阿部コメント
(1)妻は夫を嫌悪して、家庭内での連絡事項はメモによる筆談であったところ、

夫は単身赴任となり、それを機に妻は嫌悪感を露わに夫の帰宅を拒否し、そのまま別居となり、婚姻費用を送金する以外の接触もないまま夫婦関係は形骸化し、夫は、別居後に知り合った女性と内縁家庭を築いていました。

別居から20年後、夫は妻と話しをする機会を得て内縁家庭があることを伝え、離婚手続きをすべく、家裁に離婚調停を申し立てました。

(3)ここから2年に渡る紛争が始まります。

調停では、妻は夫の提案した解決金の金額に納得できないという主張で不成立となり、

妻は、夫が妻の納得する金員を払わないならとばかりに、
内縁女性に慰謝料請求訴訟を提訴し、

夫が離婚訴訟を提訴したところ妻は離婚拒否に転じ、

結果は、内縁女性への慰謝料取り下げ・調停で提案した離婚給付額に50万円加算した解決金を支払う条件で和解離婚成立となりました。

結婚から別居まで13年、別居から22年を経て離婚成立です。

(3)親子の引き離しについて
別居を機に、夫は二人の子ども(別居当時12歳と10歳)と引き離され連絡も取れず、再会を果たしたのは18年後の子どもの結婚式です。

子どもの言葉。

「母は独裁者としての地位を確立するためにあなたを追い払ったのだ。電話番号も住所も教えずに連絡させないようにし、頼れるのは母だけという状況にした。あなたを追い払ったのは母で、子どもは洗脳されていただけとなぜわからなかったのか?」

以上
| お客様の声 | 11:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
身体的暴力(DV)と精神的暴力(モラハラ)の支配から離婚へ(51歳・男性)
男の離婚相談より

1.お客様の声 
結婚直後より、「夫は妻の言いなりになり、我慢するもの。その上に幸せな家庭が気づかれるのだ」と、元妻にマインドコントロールされていました。
 
私に少しでも意に添わないことがあると、元妻は激怒し、罵倒、時に暴力を繰り返し、それでも私は我慢しなければならないものだと思い込んでいました。
 
元妻と生活を共にし続けることが非常に苦痛であることは感じていたものの、それを変えることもできず自分を押し殺す日々が続いていました。
 
そんな時に阿部オフィスのウェブサイトで「境界性人格障害とモラルハラスメント」というものがあることを知り、それが元妻の全てを現していることに気づきました。
 
そして意を決して阿部オフィスを訪問し、阿部先生との面談で離婚が正しい選択肢であることを理解することができました。
 
その後、時間はかかりましたが、阿部先生にサポートして頂きながら、完全別居に至ることができました。
 
モラルハラスメントの加害者からまずは離れてしまうこと。
マインドコントロールから抜け出し、自分を取り戻すにはこれは必須であると思います。
 
別居調停成立後は、阿部先生のご指導で婚姻生活史を作成しました。
これは婚姻期間の記憶を呼び起こし、その間の出来事そしてその時に感じたことを整理し、全て記録する、という辛く重い作業でした。
 
しかしこれを作成したおかげで、裁判では具体的で説得力のある訴状を準備することができ、万全の体制で臨むことができました。
 
そして何より、この作業をやり遂げることで完全に元の自分を取り戻すことができたと感じています。
 
阿部先生には終始、温かく、そして時に冷静に厳しく指導して頂きました。
 
この助けをなくして今日の私には至らなかったでしょう。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
 
私と同じ思いで苦しんでいる方はまだ大勢いらっしゃると思います。
 
一人でも多くのそのような方が救われるよう心から願います。
 
この阿部オフィスのウェブサイトにたどり着いた方はすでに一歩を踏み出しています。
 
ぜひ阿部先生に相談なさって下さい。本当の自分を取り戻して下さい。
 
2.阿部コメント
(1)結婚直後より、妻の夫に対する身体的及び精神的暴力(夫の人格否定、夫の両親・生い立ち・故郷・仕事・友人への根拠のない誹謗中傷)が続き、そのうちに妻の幻聴が始まり、妻は精神科を受診し「妄想症」と診断されるも、妻に病識がなく逆上して一貫して治療を拒否し、妻の夫に対する罵倒・暴力・激怒が激しくなり、夫は耐えられなくなり、離婚を決意しました。
 
夫は妻から、暴力を受けても笑顔を絶やすなと言われ、また経済的自由も奪われ、夫の所持金は10円未満というありさまでした。
 
(2)結婚から別居まで8年、別居直後に夫は離婚調停を申し立て、半年後に別居調停として成立、その後別居を1年続け、裁判の決心を固めて離婚訴訟を提訴し、わずか3か月後に和解離婚成立となりました。
 
(3)この離婚の鍵は、別居の線引きをしっかり行ったことと、離婚理由として身体的暴力があったことの2点だと思います。
 
別居は依存を断ち切るための手段です。
 
別居がなし崩しでうやむやになると、その後のDVやモラハラは激化します。
 
離婚に向けて実行に移すのであれば、何よりもやり通すという強い意志と周囲の支えが必要です。
 
(4)DVやモラルハラスメントを受けている方は、渦中にいると自分を客観視できなくなります。
 
人としての尊厳を傷つけられ、それに我慢強く耐え続けてしまうと、どこまで我慢すればよいのかわからなくなります。
 
通常の精神状態であれば、次に挙げるような言葉がどれほど残酷なものか理解できると思います。
 
しかし、渦中にいるとそれがわからなくなるのです。
 
「普通の人はちゃんとできる。できないのは人間的に欠陥があるからだ。」
 
「お前が無能で会社で虐げられていて、お情けで置いてもらっているだけ」
 
「だからお前には友はいない。親ですらお前のことを見ていない。心から心配してくれる人のいない天涯孤独のどうしようもない人間だ。そうなったのはお前(夫)が積極的に人と接してこようとしなかったからだ。それができなかったからだ。」
 
「死ね、早く死ね」「邪魔だ。人生の邪魔だ」
 
このようなことを言われ、身体的暴力を受けても、夫は妻に対して以下のようにコントロールされていました。
 
「殴ってくれてありがとう」
 
「全てごもっともです、私の考えが間違っていました、反論してごめんなさい、悔い改めます」
 
(5)8年もの間、暴力に耐えた夫の離婚を決意した言葉が印象に残ります。
 
『精神的虐待に耐えられない、身体的暴力におびえた毎日には耐えられない、このあと60歳までの10年がこれまでの8年の延長と考えると到底耐えられない。』
以上
| お客様の声 | 10:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
面会拒否と離婚交渉(44歳・男性)
男の離婚相談 お客様の声より

1.真面目に仕事をして家族・子供達を一に考え行動・生活をしていたにも関わらず、元妻は子供達が生まれた途端に私の両親を嫌い遠ざけ、まるで被害妄想のように私をも責め、自分・肉親中心の生活をし、子供達が生後5ヶ月の時に突然、元義母が主導し実家に子供達を連れ去り、目の前に引っ越さなければ離婚を迫りました。

 
半強制的に元義母宅前での生活がスタートし、けじめなく元妻の肉親中心の生活の中、子供達のため・子供達と生活していたい一心で堪えてきました。
 
元妻は子供達が幼稚園に入るまでは毎晩、私が帰宅すると12時近くまで元義母宅に行ってしまい私は1人で夜食をとっていました。
 
すでに夫婦関係は崩壊してました。
 
信頼関係を復活させるため元義母と距離をとるため家族が一つにまとまるため何度となく引っ越しを要望しましたが、「そんなに私の母親が嫌いなのか」と聞き入れませんでした。
 
私も、そんな元妻・元義母に歩み寄るどころか戦ってしまい、私が家に居る時は元義母を近づけず排除してきました。
 
7年立っても夫婦関係は修復するどころか悪化の一途でした。
 
夫を夫とも思わない態度に腹を立て給料管理を私がすると手紙を書いたところ1ヶ月後に子供達を連れ去り目の前の元義母宅に突然出て行きました。
 
ハッキリするまでは子供達には会わせないと離婚を迫られました。
 
別居から一年、私は屈することなく謙虚に静かに目の前で生活してきました。
 
別居後は子供達も私が家の中から見ていても目をそらし逃げて行くかのような態度で元妻・元義母の顔色を窺い、目を盗んで手を振ってくれるのがやっとで可哀想でした。
 
近所の遊んであげていた子供達や大人達にも避けられてきました。
 
しかし目の前にいる事により子供達に安心感をあたえるため辛く寂しくとも住み続けました。
 
私の、この行動・態度・考えが正しいかは私にもわかりません。
 
子供達を不幸にしてしまったのか口も聞かない両親を見て育つより逆に心穏やかに生活出来るのかも知れません。
 
自我が芽生える大事な成長過程に元妻・元義母に囲われ気持ちを素直に口に出せず人の顔色を窺うような性格になってしまったらと思うと心配でなりません。
 
子供達と生活を出来ない事は身を切られる思いであり今でも辛いですが月1回年間12回の面会を通し子供達には私なりの愛情を注ぎ子供達に胸を張れる生き方をし、いつの日か一緒に生活できる事を実現できるよう心の中で静かに元妻・元義母と戦っていきます。
 
女王蜂が働き蜂を扱うかのように夫を扱う元妻、自分が不安で寂しいと言うだけで娘・孫の将来など考えず私から宝物を奪い取った元義母を今も許せません。
 
典型的な子離れ親離れ出来ない、まして互いに私と言う自分達の思い通りにならない敵を排除すると言う利己が一致しているだけの親子に私は排除され目の中に入れても痛くない愛おしい子供達が不幸な幼少を送る羽目になったとしか思えません。
 
今後は子供達が10歳になったら子供達と生活すべく監護権を主張するつもりです。
 
そのためにも元妻と良好な関係を表面上築き面会を履行させ子供達と信頼関係を築いていきます。
 
2.阿部コメント
本件は面会交流が問題となった事案です。
典型的な人質交渉のケースで、妻は離婚の意思を通すために子どもと夫を引き離す。
 
子どもの心はどうだったのでしょうか。
 
子どもが夫に言った言葉に胸が痛みます。
 
「ママに連れていかれると思う。なんで仲直りしなかったんだよ。」
 
3.事案の概要
妻が子ども(当時7歳)を連れて実家に戻る形で別居をしたが、その実家と自宅は同じ敷地内という環境で、常に子どもの気配を感じる距離であるにもよらず、妻は離婚に応じるまでは子どもに会わせないといい、夫は子どもに会えないまま離婚に応じることはできないと対立した。
 
そこで、夫は家庭裁判所に面会交流の調停を申し立て、妻は離婚調停を申し立てた。
 
調停で妻は面会拒否の理由を「子どもが会いたくないと言っているから」と主張したことから、家裁の児童室で試行面接が行われることとなった。
 
試行面接では、もともとパパっ子の子どもは同居時に戻ったかのように父と遊び嫌がるそぶりなどなかった。
 
6回目の調停から妻は弁護士を依頼して、互いに離婚条件について提案することとなり、期日間に条項案や修正希望等のやり取りをし、9回目の調停で面会離婚ともに成立となった。
 
面会は最高裁の判例をなぞり間接強制のかかる条項となり、離婚の条件も慰謝料の取り下げや養育費の額などほぼ夫の主張が通る形で成立した。
| お客様の声 | 17:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
経験談:本人起訴を考えている方へ(37歳男性)
 

※阿部オフィスに寄せられたお客様の声の経験談です。作成者は37歳男性です。

経験談:本人起訴を考えている方へ(37歳男性)

特に監護者・親権を本人起訴でとお考えの方は、想像以上の茨道であることを覚悟して下さい。

たった一人です。

「裁判官が見方してくれるはず」等の安易な考えは捨てて下さい。

これは主観的な考えです。

また、全ての判断は自分自身で出さなければなりません。

当然、敵は相手の弁護士です。
一般常識で考えると到底勝ち目は無いに等しいです。

私も当然、無知の状態でしたが、さまざまなアドバイスやこれまでの自分の人生経験をフルに生かし、以下のような争い方で結果が得られました。

すべてのケースに当てはまる訳ではありません。

最終判断を下すのは全て自分自身です。

「言うは易し、成すは難し」の通り、ここに書かれている以上の困難は必至です。
心して取り掛かって下さい。

(1)多角の考えを持つことの大切さ

 この考えを持っていれば、調停や裁判でもある程度冷静に対処できるかと思います。

裁判所でことを構えるのであれば、必ずぶち当たるのは「中立」という考え方です。

簡単な言葉に聞こえますが、これまで生きていた常識を覆される程「中立」という考え方は難しいです。

なぜならば、私もそうでしたが、日常生活において「自分の常識」にとらわれて、様々ことを判断しているからです。

調停では、話し合いが専らですが、「なんでこんなに相手の肩を持つのだろう?」というくらいイラつきがでるくらいです。

しかし、それが「中立」の考え方です。

相手にも人権はあります。

決して自分の言い分だけではありません。

ここで大切なのが、「多角の考えを持つ」でした。

「離婚原因はアイツだ!」、「でも本当にアイツなの?」、「なぜ離婚に発展する前に問題回避できなかった?」、「自分にも原因があったのかも?」、「そういえばあの時、自分が怒鳴らずアイツを慰めてやれば、回避できたのか?」、「回避できなかった自分にも原因があるかも?」と問題に一度真面目に取り組んでみて下さい。

実際、難しいと思いますし、世の中を恨みたくなる気持ちにさえなります。

しかし、ここを乗り越えれば、問題の本質が必ず見えます。

充分に多角の考えが出来ているからです。

本質が見えれば、調停や裁判において、きちんと紛争の本質の説明や主張をするだけですし、紳士的な対応が自然にとれるようになってきます。

また、調停や裁判等で相手の作戦に引っかかることも少なくなるでしょう。

相手は、挑発や脅しめいたことを色々と吹っかけてきます。

それらを単純に相手していては、相手の思う壺ですし、相手はそこを狙っています。

しかし、多角の考えができれば、相手の立場となり、相手が何をしたいかを見極めることがある程度可能であり、それらに冷静に対処できます。

必ず「多角の考え」を持ち、広い見解で事に当たって下さい。

 これができないと紛争は激化の一途ですし、当然言い争っていると親権への影響も大きいです。

言い争いは客観的に見てもウィークポイントです。

電車の中でのつまらない言い争いと同じで、周囲からみると言い争いは不快な光景でしかなく、離婚紛争でも同様です。

「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」とは多角の考えの一例に私は思えます。

(2)相当の負担が圧し掛かる

まずは、書面作りに相当の時間を費やすることになります。

実際争いが始まると、ほとんどを費やすることになると思います。

書面作成の為、PCは必須ですし、ブラインドタッチが出来ない方やマクロソフトのワードが使えない方はかなり苦労します。

仕事をしている人には寝る間が殆どなくなると思います。

今まで私が書いた書面は、ボツになったものを合わせるとA4用紙300〜400ページくらいになります。

通勤の電車では何度も何度も本文を読み返しては修正するという日々が続きました。

また、裁判所の手続きは全て自分です。

何一つ知らなかった私は、監護者指定審判等の申立書を裁判所で事務官の方から指導を受けながら、6時間掛けて書き上げました。

相手の弁護士との連絡も取らなければなりません。

無駄な時間は何一つありません。

ストレスがたまるだけでなく、疲労が抜けない日々が年単位で続くことを覚悟して下さい。

また、このような生活をしていると会社での勤務状況に大きく影響します。

私の場合、勤務先が私に相当な配慮をしてもらえたので、幸いだったのかもしれません。

この段階で、少しでも「自分には無理だ」と思うようであれば、本人起訴をお勧めしません。

(3)相手が弁護士であれば当然なめられている

 相手に弁護士が付いているのであれば、相手の弁護士に当然なめられます。

私もそうでした。非常に腹立たしいことも言ってきます。

しかし、ネガティブに考えても先には進みません。

この状況を逆の発想すると相手弁護士は素人相手と思い、油断をしているということも考えられます。

ですので、相手の弁護士の挑発や脅しにはあっさりのらず、冷静にかつ分からないことはその場で判断しないことです。

「なめられている」という状況を利用し、水面下で着実に歩みを進め、自身の足場を固めて下さい。

私の場合、相手の弁護士から散々なめられていました。

その弁護士の口癖は「裁判する」との脅かしでした。

私は、審判段階で確実に足場を固めました。

審判結果がでるころには、私には「ブレない主張と確たる証拠」が確立し、それは相手の弁護士の主張を一切寄せ付けないものとなりました。

今となっては、私が相手の弁護士に「裁判する」と言えるようになりました。

(4)相手とのやりとりは全て文章で行い、必ず履歴をとる

 私は相手の弁護士と電子メールでやりとりを行いました。

そうした理由は、相手の弁護士が所謂「言った、言わない」をやる少々面倒な方だったからです。

本人起訴の場合、法廷の中に味方は誰一人居ません。

味方してくれるものは、証拠や履歴です。

電子メールのみならず、様々な場面での証拠取り、事実を形に残して下さい。

私は相手の弁護士のやり取りを全て電子メールにしていたので、先に記した通り相手の弁護士の「言った、言わない」に対しては「電子メールの証拠」を提出し、嘘を証明しました。

(5)議事録は必ず取ること

 審判・裁判では、必ず議事録や簡易メモを取ってください。

私は、議事を作り、都度、次回の「傾向と対策」を立てました。

発言だけでなく、裁判官や相手、相手弁護士等の法廷内の人の表情にまで目を配ってください。

(6)可能であれば裁判経験を

 今後、争いを展開する中、審判・裁判に直面される方もいらっしゃると思います。

特に本人で対応される方は、裁判の傍聴をするなど一度、「場馴れ」をすることを強く推奨します。

女性が相手であれば間違いなく弁護士がついており、発言は場馴れしたプロが相手です。
テレビで観かけるような進行ではありません。

審判・裁判は書面を基にした真実の追及の場です。

「事の成り行き」を知らなければ、精神的負担が相当大きいですし、予想通りに事を運べません。

私は、場馴れするためのタイミングがたまたまよく、勤務先の裁判に証人として地裁に出廷することができ、証人尋問を経験してから、自分の離婚裁判に臨みました。

裁判での証人尋問は離婚だろうがなんであろうが変わらず、きっちり、主尋問・反対尋問の30分ずつ計1時間、事件についてご自身で証言しなければなりません。

(7)争い中の相手の対応

 相手と直接連絡はとらないほうが望ましいです。

代理人が仲介しているのであれば、必ず代理人に連絡して下さい。

直接会うなどは論外です。

特に親権争いをしている男性は要注意です。

なぜならば警察のご厄介になる可能性が高いからです。

理由は、裁判をやらなくとも裁判の相手が警察に逮捕されるほうが、楽だからであり、警察の厄介になるのは女性よりも男性のほうが確率は高いからです。

裁判の相手が女性であれば当然、DV法の悪用や暴行の疑いを掛けてくることが大いに予想されます。

現行DV法は女性の通報だけで警察は動きますし、暴行は故意に女性が怪我し「離婚裁判中の夫に殺されそうになった」と警察に駆け込めば、男性はほぼ留置所行きです。

そうなってしまうと親権などと言っている場合ではありません。

この段階で「暴力夫」の証拠が完成してしまい、親権どころか慰謝料の請求がほぼ確定してしまいます。

争い中は決して「今までのあなた」などと甘い考えは捨て、「他人」と考えて下さい。

私の場合、長女の監護者が確定した頃くらいから、妻からの逆恨みを恐れ、外出時は防刃チョッキを着ていました。

| お客様の声 | 16:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
経験談:離婚裁判へ(37歳男性)
 
※阿部オフィスに寄せられたお客様の声の経験談です。作成者は37歳男性です。

経験談:離婚裁判へ(37歳男性)

1.離婚裁判へ

 離婚裁判は調停前置主義であるため、離婚調停が不調に終わることが前提です。

私の場合は監護者指定審判と同時進行で離婚調停が行われており、審判が終了したと同時に調停も不調に終わりました。

即時抗告の決定文が送達される直前に離婚裁判の訴状が私の自宅に届きました。

私の事案では、元妻は監護者指定審判時点で離婚ネタを引き合いに出してきており、離婚問題においての裁判所の見解は審判文にもすでに記載されており、紛争終結への筋道が見えておりました。

そのような中での元妻から起訴でしたので、それほど焦ることもなく、今後は弁護士を立てるか否かを考えました。

結局、裁判から弁護士を立てることにしました。

裁判では尋問等の場面において、本人対応が難しいというのがあったからです。

 余談ですが、監護者指定審判と離婚調停を同時進行でやるかどうかは裁判官(審判官)が判断すると思います。私の場合、審判・調停とも同じ裁判官でした。

2.離婚裁判

 本当の裁判です。

場所は家庭裁判所とは言えど、地方裁判所と同じ法廷であり、家裁と地裁は同じ位置づけです。

第三者の傍聴が可能であり、公開裁判です。当然、裁判所前の公示版には当事者の氏名が載ります。

席位置は証人席が真ん中にあり、左側には原告席、右側には被告席、正面に書記官席、書記官席より1段上がり裁判官席、証人席の後ろには膝丈の仕切りがあり、傍聴席があります。

法廷の扉は3か所あり、原告用、被告用、裁判官用があります。

裁判時間の5分前に出席表に名前を記載し、傍聴席で待機します。

時間になると書記官が事件名と当事者の名前を読み上げるので、その後おのおのの席に着座します。

そして口頭弁論や尋問、判決が行われます。

私は以下のように対応し、最終的に「長女の親権者」となりました。また、離婚においても「私に有利な和解」で終結を迎えることとなりました。

3.弁護士について

 世間一般的には裁判で弁護士が付けば「鬼に金棒」のような考えをもってしまいますが、私は自分の事案でそれは大きな間違いであると考えました。

弁護士と依頼人は信頼関係とよく言いますが、まず自分がしっかりしないといけません。

弁護士は依頼人を必ず法律で依頼人を諭します。ここが依頼人と弁護士の意識のずれです。
弁護士は事件概要を深く知りません。

ケースに当てはめて結論を話すだけで、法律で云う「一切の事情」をすっ飛ばします。

例えば、男性が親権を取りたいと弁護士に話をしても「母親優先があるから無理ですよ」、「過去に判例が少ないですからね」を即口にする弁護士はNGです。

そのような弁護士は「親権争いの争点」を全く理解していない方だと私は思います。

某法律相談サイトで見かける親権への弁護士の見解は先に述べた回答をする方が本当に多いです。

最終的に判決を出すのは弁護士でなく裁判所です。

私は弁護士に対して「結果を出すのはあなたじゃない、裁判所です」と繰り返していました。

 私が自分の弁護士とどのように接したかというと、「弁護士の名前を借りた本人裁判」を意識し、弁護士には法的知識と裁判手続き以外何も求めず、全て自分で考え判断してきました。

私にとって、弁護士は名義を借りただけの存在です。

私は、「自分の成果に後悔はしたくない」という想いが強くありましたので、弁護士の諭し言葉は自分が納得しない限り聞き入れませんでした。

判断するのは最終的にはいつも自分自身です。

4.弁護士との準備書面の作成

 弁護士に委任したと言えど、実際に準備書面草案を作成したのは私本人です。

弁護士は私が作成した文章の体裁を整えて裁判所に提出するだけです。

もともと、審判段階で事件全容は記載済みであったので、大した時間は費やすることはありませんでした。

また、相手書面への反論書面も自分で草案を作成しました。

結論、私にとって、弁護士が付こうが実務の負担は、本人起訴の審判と大して変わりはないように思えました。準備書面自体は審判と全く変わりません。

しかし、事実を示す証拠を詳細にして提出する必要があります。

この作業は弁護士に任せてました。証拠が付加する分、書類の量は増えます。

5.口頭弁論について

 口頭弁論というとすぐに「異議あり」等のドラマの裁判をイメージしますが、実際はこのような光景はありません。

裁判官が事件名やその他諸々を読み上げ、提出された準備書面に不備がないか確認が行われます。

書面についての意義があるかを原告・被告の両者代理人に尋ね、あるようであれば次回期日を決め、閉廷です。

所要時間5〜10分です。

当事者は口にすることは一切ありません。

私はこの口頭弁論を一度も欠かさずに出廷しました。

なぜならば、長女の親権がかかっているからです。

親であれば当然の行動だと思いますが、元妻は口頭弁論を全欠席し、尋問の時にしか姿見せることはありませんでした。

しかし、このような行動も裁判官の心証に影響します。

弁護士に任せたからと言って、安心していると駄目です。

「仕事が忙しいから」は所詮言い訳で、この言い訳を最初に連想した方は、この後にある尋問でほぼボロが出ると思います。

「仕事が忙しい人は子供の監護はできませんね」と裁判官に言われ親権は間違いなく相手に渡るでしょう。

細かな仕草、発言も裁判官は見ています。
口頭弁論は絶対に出廷して下さい。

6.調査官調査について

 元妻の弁護士は離婚裁判においても再度調査官調査を裁判所に要請してきました。

親権であろうが監護者指定であろうが、審判の所で記載した調査内容と同じであり、調査官も同じ裁判所内の調査官です。

私、元妻に大きな環境の変化もありませんでした。

このような状況であった為、調査官調査は行われることはありませんでした。

7.尋問について
 これが、テレビドラマでいう裁判風景かもしれません。

初めての証人席に立つ人の緊張は最初からピーク状態だと思います。

尋問は準備書面と同時に提出する「陳述書」を基に行います。

陳述書とは簡単にいうと自分の言い分のようなものです。

陳述書を基に準備書面を作成するというのがセオリーなのかもしれません。

誰しも自分の言い分に証拠などありません。

自分の言い分を自分の証言によって証明するという少し分かりづらいところはありますが、要は書面の内容と証言は合致することをアピールし「裁判官の心証」を得るのが狙いです。

この尋問こそ、自分の主張にインパクトをつけ、相手の証言に矛盾点を探しだし突っ込む場です。

成果を出すには、弁護士との連携プレイが必須です。

尋問には主尋問と反対尋問の2種類があります。両方とも30分ずつ、計1時間、事件について話しっぱなしです。

当然のことながら尋問中は録音されています。

これは後に書記官が尋問議事を作成するからです。

 尋問に入る前に当事者は尋問席に立ち、「偽証罪の宣誓」をします。

台詞が記載された紙を渡され読み上げるだけですが、初めての人はこの段で緊張はピークです。

なぜならば、裁判官より「偽証罪」についての説明を受けます。

この説明でハッタリを準備していた人は動揺してしまうことと思います。

なぜならば偽証罪は科料に処せられるからです。

 主尋問とは、自分の主張の正当性を印象付ける場です。

自分が提出した準備書面及び陳述書をもとに自分の弁護士から尋問を受けます。

自分が提出した書面をよく理解していれば、きちんとした対応ができるはずです。

しかし、曖昧な事や書面内容と矛盾したことを話し出すと、その後に控えている反対尋問で相手の弁護士から相当突っ込まれます。

事前に自分の弁護士と策を練る必要があります。

私の場合は、弁護士と主尋問でのアピールポイントをあらかじめ確認しました。

特に親権が争点だったので、現状の子供の生活や成長具合、将来についてなどを詳細にアピールすることとしました。

 反対尋問とは、単純に主尋問の逆で提出書面内容や主尋問の矛盾を相手の弁護士に質問される場です。

私の場合は、そう難しいものではありませんでした。

なぜならば、私は口頭弁論段階で、自分の主張と元妻が提出した書面の矛盾を証拠にて100%に近い状態で証明し終えた状態でした。

逆に元妻の弁護士が困っていた様子です。

語り出すときりがなくなりますが、元妻の弁護士は、これまで私に対して行ってきた祖業を、私への反対尋問において、「弁護士」であることを恥じたことと思います。

とかく元妻の弁護士は事件に関係のない尋問が多く、反対尋問にも関わらず、自ら墓穴掘っているかのような行動でした。

逆に私の弁護士は、元妻の東大法学部出身の弁護士が作成した書面の矛盾を見事突っ込み、元妻は最終的に離婚起訴した原告にも関わらず「離婚理由はわかりません」とまで言わせました。100%の結果です。

8.和解と紛争終結
 これまで記載したとおり、私が争ってきた裁判は「どうしようもない内容」でした。

元妻のでっち上げ話が提起され、最終的な結論は「訴えの趣旨がなく、むしろ元妻が有責」が明らかになりました。

結論だと簡単に聞こえますが、この成果は審判時からの書面が大半を占めています。

相手を罵倒しない手法や証拠を基にした事実の証明など細かな作業の繰り返しが結果に結びつきました。

尋問を終え、結果が見えた判決を待つばかりでしたが、裁判官から和解提案がなされました。

私は、「こちらの条件をある程度受け入れるのであれば和解に応じる」と回答し、元妻はこちらの条件を受け入れ、和解にて紛争が終結しました。

裁判開始から半年というスピード終結でした。

実際のところ、裁判官は提起されていた段階で、オチを決めていたのかもしれません。

和解成立後、離婚の成立と念願の長女の親権を守り切ることができました。

| お客様の声 | 16:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
経験談:親権(監護権)の重要なポイント(37歳男性)
 
お客様の声父親が4歳の子の親権者となった経験談(37歳男性)>経験談:親権(監護権)の重要なポイント

※阿部オフィスに寄せられたお客様の声の経験談です。作成者は37歳男性です。

経験談:親権(監護権)の重要なポイント(37歳男性)

1.監護歴が大切

 私自身、元妻と同居期間中は当然、元妻が主たる監護者でした。

審判中も当然、元妻側はそれを主張して取り戻そうとしてきました。

元妻側には、母子手帳や保育園の連絡帳等、子どもの監護歴を形として表す物証があります。

紛争当初より意識していたのが「とにかく監護歴」でした。

私には監護歴を証明する物がない状態です。

しかも、長女は私の実家に預けていましたが、その実家は私の居住地から遠く650kmも離れた場所。

どのように監護歴を作るか悩みました。

1ヶ月2回、勤務先に無理を言い夜行バスを利用して実家を往復し、長女の面倒を見ました。

保育園の送り向かい、食事、お風呂、添い寝等、長女にべったり状態です。

特に保育園には気を遣いました。

家庭環境の変化、保育園の転園により、長女の生活が完全にリセットした状態に加え、元妻との紛争状態もあり、第三者の意見を聞くことは重要であり、特に保育士の話に耳を傾けることは有効な手段でした。

私が居住地に戻った時は、スカイプのライブチャットを利用して長女とのコミュニケーションを図りました。

出歩くときも小型PCを持ち歩き、いつでも長女と顔を合わせられる環境を作りました。

このような状況をコツコツと積み重ね「監護歴」を形成していきました。
無から何も始まりません。だから、今やれることを精いっぱいやるだけです。

2.子供のより良い生活環境を迅速に整える

 いち早く子供の心情を安定させる為に、環境作りは迅速に行って上げてください。

役所の手続き、保育園の入園、家庭環境等、整備しなければならないものはたくさんあります。

私の場合は偶然に近いようなものでしたが、実家に行った長女が近所の保育園に通いたいと言い出したので、即入園手続きを取りました。

紛争開始から1週間経過した頃くらいだったと思います。

元々、長女は私の実家が大好きだったので、馴染むことには時間が掛らず、保育園も手続きから2週間ほどで登園していました。

新たに長女が通いだした保育園は私も幼いころに通っており、保育士には私の同級生や私が通っていたころの保育士が居たため、馴染みが深く助かりました。

しかし、私が実家を訪れ、自分の居住地に戻る時、長女はよく泣いていました。

その負担を軽減するため、私は実家から居住地に戻るときは、会社に出勤する服装をし、「仕事に行ってくるね、また帰ってくるから。」と言い聞かせました。

それを繰り返していると子供が現状の生活に馴染み、「いってらっしゃい」とニコニコ笑いながら言うようになるほど、生活が安定しました。

3.子供の将来を壮大に語られるようなビジョンを立てる

 裁判所での争いが始まると、当然今後の子供の監護や将来について尋ねられます。

ここで自分自身が、子を育て将来どうしていくかを話さなければなりません。

特に男性は仕事をしながら育児となると難しい回答です。

私は正直に「実家の両親や兄に協力してもらいながら監護を継続する。

近場には小学校・中学校もあり、私自身が通ったので縁も深い。

子供は今の環境に馴染み、今までの生活より充実しているので、子供の環境を変更するよりも自分が子供の環境に合わせる為に、紛争終了後に転職する」等、子供を今後どう育てるかを壮大に語り調停員や裁判官の心を動かすよう働きかけました。

子供の監護をできるかできないかを決めるのは、裁判所であり、当事者ではありません。

相手のことを否定するネタを探すよりも、自分の監護に対するビジョンをいち早く確立し、即実行して下さい。

 余談ですが、私の元妻は私の悪口ばかりを言い続けた結果、裁判官より「自分のことを棚に上げて」的なことを審判文に書かれておりました。元妻には東大法学部出身の女性の弁護士が紛争当初より付いていました。

4.離婚と親権は必ず切り離して考えること

 離婚は「夫婦男女間の問題」であり、親権とは全く関係ありません。

夫婦不仲で悪口を言い合うのは勝手です。

しかし夫婦の争いで、子供を担ぎ出し、悪口を言い合うことは大きな間違いです。

なぜならば、親権とは「子の福祉」つまり「子供の主張」をさすものであり、夫婦喧嘩の口実ではありません。

ここを誤解してしまうと、特に男性であれば、ほぼ女性に親権が渡ってしまいます。

親権争いは夫婦喧嘩の場でなく、離婚後の子供の将来を考える場です。

絶対に誤解しないで下さい。

 私の事例でも、離婚と親権は個別に考えました。

私も当然人間であり、親権を求めるあまり、感情を優先してしまい、元妻のことを貶すような表現をしてしまいがちでした。

このような状況から抜け出すために行き着いたのが、親権での主張は「自分の監護状況の自慢」でした。

「自分はこんな環境を子供に準備した。子供はずっとここに居たいと言っている。」と子供の様子について詳細かつ丁寧に主張することにしました。

提出書面を読む裁判官が「この人なら安心!子供をこの環境から替えてはいけない!これが子供の主張だ!」と思わせる内容になるように、子供の細かな行動や成長、生活状況を記載するように心がけました。

また、文章にできない子供の表情については写真を添付しました。

 離婚についての主張は、事実のみを淡々と書き綴りました。

「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」の通り、親権・監護者争いでは裁判所もあまり興味がもたないネタです。

結果論ですが、離婚に労力を費やするより、親権・監護者を重視したことが結果に結びついたと思います。

5.引き際を弁えること
 引くべきところは引くことも肝心です。

状況を見定めるには情報が必要です。

メリット・デメリットを考え、判断を出すのは難しい事とは思いますが、よく状況を見定めて下さい。

引き際をうまく利用すれば、取引の好機に変わることもあります。

子供の親権を重視するなら、「肉を切らせて、骨を断つ」のような、多少の痛手は覚悟して下さい。

引いているばかりではただの泣き寝入りですので、冷静な判断とタイミングで引き際も結果を見据え、有利に利用して下さい。

6.判例や類似情報には目を通すこと

 親権類の判例や事例を見ると、涙ぐましいものも多く、現状の自分を照らし合わせると耐えきれないと思いますが、現実から目を逸らさず、現状を把握する為に必ず過去の判例や類似情報には目を通して下さい。

私のように、ご自身で調停や審判を対応される方は必須です。

判例は試験の過去問と同じであり、争いの状況を目定める目安になります。

また、主張や判決にも過去の判例は取り入れられるので、紛争の落ちを見定めるには知っているべきだと思います。

「男性が親権」という考え方は過去の判例から考えると真向から対立する考え方ですので、親権争いは当然男性が圧倒的に不利です。

「不利からの逆転」の為の「逆転の発想」を考える上でも、これまで争った方々の体験談は私にとっては「知恵の財産」でした。

逆にやってはいけないことも掲載されています。

特にアンチな考えで争いに臨んだ方の体験談は「とってはならない行動の見本」として参考になりました。
| お客様の声 | 16:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |